ハチミツ色の街で、ハチミツ色のビールを(マルタ/ヴァレッタ)

 ァレッタは不思議な街だと思った。目抜き通りのリパブリック通り、つまりは”共和国通り”を歩いていくと、名は体を表すというべきか、市のメインゲートから「騎士団長の館」まで観光立国の顔にふさわしく、博物館やお土産物屋、レストラン、それに交じって首都らしく、国会議事堂や大統領宮殿が点在している。かと思うと、その先、唐突に下り坂が始まって、文字どおりの「ダウンタウン」というべきか、急に通りの生活感が増してくる。歩行者天国が終わって、路上駐車が始まるあたりがその境目らしい。
 その、ヴァレッタの下町の坂を上っていく。日差しは強いけれども、カラッとしていて不快さはない。それでも、西端のメインゲートに始まって、反対側の聖エルモ要塞まで、街を半周した後なので、喉が渇いてきた。
都合よく、通りの先にベンチが出ていて、昼間からパブが開いているらしいのを見つけた。俄然、元気が湧いてくる。
 扉は開いていて、「オープン」の看板が出ていたけれども、その小さなパブは薄暗かった。表のベンチは、4畳半ほどの狭い店内―2人は並べなさそうなカウンター兼注文台と、申し訳程度に机が3脚ほど―を補うためなのかもしれない。電気を消しているのは、演出なのか、開店したて故なのか、節電なのかはわからない。
 「ハーイ、何か飲みもの?」
 女性バーテンが、気だるそうで、それでいて感じの悪くない声で注文を聞いてきた。カウンターの向こうを見ると、所狭しと酒瓶が並んでいるのと、奥にはガラス張りの冷蔵庫一杯にビール瓶が並んでいる。
 「そこのやつ。黄色いやつ。えっと、シスク?マルタのスタンダードなビール」
 指さし半分の注文だけれども、伝わったらしい。
 「”チスク”一つね」
 そう銘柄を教えてくれて、会計を済ましてくれた。せっかくなので、表で飲もう。バーテン嬢に礼を告げてベンチに陣取ることにした。
 黄色いラベルのビンから、コップに注ぐ。ハチミツ色の上に、白い泡が重なる。うれしいことに、ラガータイプらしい。喉が鳴る。
 最初の一杯。月並みだけれども、強くて、冷たい炭酸が五臓六腑に染み渡った。マルタの人々が、旧宗主国のエールではなくて、南国の気候にぴたりとあったラガーを選択してくれたことに感謝する。エールはやっぱり涼しいイギリスの飲み物で、暑い夏にはラガーが一番だ。
日本の、スーパードライほどの辛口さはないけれども、のど越しは心地よく、それでいて麦のしっかりとした味がする。いや、御託はやめよう。旅先のビールは無条件に旨い。暑い日はなおさらだ。
 ヴァレッタの「下町のご隠居」だろうか、通りの向かいから老人がやってきて、ベンチに腰を下ろした。ベンチから店内のバーテン嬢に話しかけている。オーダーだろうか。そのうち、「今日も昼から飲んで、」という感じで、中年の女性が何やらご隠居に話しかけている。
 「もう一本飲んでから坂を上ろうか」
 チスクと街並みのハチミツ色の濃さを比べながら、そんな逡巡を始めていた。



●とき
 2016年9月22日
●ところ
 ヴァレッタ、リパブリック通りの坂の下(大まかな住所については末尾参照)


●もの
 チスクビールとヴァレッタの下町

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