チーズ工房(スイス/グリュイエール)

 からさらに10分ほどバスに乗って、グリュイエールの村はずれ、バスターミナルに着いた。人の流れに続いて、遊歩道を登り終えると、通りに出た。ブルク通り、の名のとおり、通りの先に山城が見える。
 通りを歩くと、両側からチーズフォンデュのにおいが漂ってくる。それもそのはず、グリュイエール一帯の盆地は、その名を冠したグリュイエール・チーズで知られている。大げさに言ってしまえば、通りの半分はチーズフォンデュを出すレストラン、残りの半分はチーズを売る土産物屋。盆地の風に乗って、酸っぱい乳のにおいが押し寄せてくるけれども、不快さはなく、むしろ食欲が沸いてくる。
 旅の肴と土産を探して、1軒入ると、店の半分がガラス張りの工房になっていた。作ったチーズをそのまま売っている、ということらしい。
 工房のわきに、イラストで工程が解説してある。ちょうど、6番目の工程、凝固させた乳を丸型にはめ込んだところだったらしい。この後、車輪型になったチーズに刻印が加えられて、定期的に塩水を塗られながら、最低でも数か月の熟成が行われるそうだ。売り場には半年から1年の熟成を経たチーズ、車輪を何十分の一かに切ったチーズ片が並んでいる。手ごろな若いチーズを何片か買うことにした。
 グリュイエールからの帰路、列車の接続が悪く、待ちぼうけになったので、駅前のビルを覗いてみる。「ラ・メゾン・デュ・グリュイエール」という看板にふさわしく、グリュイエールチーズの館然としていて、チーズ売り場とチーズレストラン、そしてここにもチーズ工房、というよりも工場があった。ガラス張りの工場を覗いていると、熟成中らしい、チーズが並んだ一角がある。同じ型に同じ材料を流し込んでいるのだから当たり前なのだろうけれども、まったく同一形のチーズが延々並んでいて、熟成期間の差だろうか、棚が進むにつれて濃淡が変わっていくコントラストに感心する。
 チーズの人生をさかのぼって、まだ明るい色をした若々しいチーズの棚に差し掛かったところで、棚の間の通路を、銀色の箱が動き回っているのに気づいた。ちょうど、2扉の冷蔵庫ぐらいの大きさで、ゆっくりこちらに近づいてくる、と思うと立ち止まってチーズを捕まえ始めた。ちょうど頭のところ、2扉冷蔵庫でいう、冷凍室のあたりから、丸いモップのようなものが出てきて、チーズを撫でている。
 「そうか、この銀色の箱は、塩水を自動で塗るロボットなんだ」僕は一人で納得した。
 駅に戻って、ホームから盆地の景色を眺めながら、列車を待つことにした。
 「牧草地と村しかないこの盆地も、ソサエティ5.0と無縁じゃなくて、現にロボットがチーズを作っているじゃないか」と、もっともらしいことを考え付いたところで、思い直した。
ソサエティ5.0は”日本語”であって、多分、グリュイエールのスイス人たちは聞いたこともない単語かもしれない。ただ、伝統的なチーズの製法を工業化しただけ。しばらく、日本の流行り言葉を忘れようと思った。



●とき
 2017年9月14日
●ところ
 グリュイエール地方、グリュイエール
●アクセス
 グリュイエールの村は、グリュイエール駅からバスで10分ほど。村全体が歩行者天国のため、村はずれにバス停と駐車場がある。「ラ・メゾン・デュ・グリュイエール」は駅を降りて駅舎の向こう正面。
●もの
 グリュイエール・チーズ、チーズ工場のロボット
●こと
 ソサエティ5.0

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