ハギス(イギリス/夜行列車の食堂車にて)

 ギス、という食べ物の存在を知ったきっかけは、ハリー・ポッターだった。どの場面かははっきり記憶していないが、大皿に乗った「ハギス」というスコットランドの臓物料理が登場していて、想像つかないながらも、イギリス人から見てもゲテモノ料理に類するモノらしい、ということが頭の片隅に残っていた。
 それからちょうど10年後、本物と遭遇することになった。初のスコットランド訪問は、2泊1日、つまり夜ロンドンから夜行列車に乗って、翌朝エジンバラに着いて、その夕方同じ列車でロンドンに帰るという弾丸旅行だった。エジンバラの街中で、ハリー・ポッターが執筆されたというカフェ「エレファントハウス」を見つけ、ふとハリーも引いていた、得体のしれないスコットランド料理、ハギスのことを思い出す。
 夕食で挑戦しようか、しまいか、悩みながらパブを数件梯子する。そのうち、ビールで腹が膨れて、ウィスキーが頭に回ってどうでもよくなってきた。
 「なに、ゲテモノ料理で貴重な旅費を失うことはない
 そうこうしているうちに、夜も更けてくる。駅に入り、待合室で酔いを醒ましながらトマス・クック時刻表を眺めていると、2晩連続で乗る夜行列車「カレドニアン・スリーパー」には食堂車を連結していることに気づく。食堂車なんてもう日本で体験することはまずない。せっかくなので、何か夜食とスコッチでもいただこうか。
 列車の入線後、寝台に荷物を降ろして早速食堂車に向かう。9月とはいえもうエディンバラの夜風は寒かったせいか、ウェンブリー駅構内の店や待合室が早い時間に閉じてしまうせいなのか、まだ発車まで時間はあるけれども、食堂車は半分が埋まっていた。コーヒーだけを頼んで新聞を広げる登山客風の男、ポテトチップスを分け合いながらビールを飲む夫婦、白ワインとミネラルウォーターを並べる老婦人、寝る前の1杯という感じだ。
 メニューを開くと、そこにあった。Huggis、つまりハギス。丸1日も滞在しなかったけども、スコットランド最後の夜だ。前言撤回、やっぱり頼もう
 注文を取りに来たウェイターに伝える。
 「グレンフィディック12年と、それとハギス
 ウェイターは少し戸惑いながら言う、
 「止めておいたほうがいい、残すかもしれない
 白ワインを飲んでいた老婦人がそのやりとりを見て笑っている。引き下がるのも癪になってきて、チャレンジしたいと言い返す。



 グレンフィディックがテーブルに置かれてその20分後。
 ウェイターが仏頂面で持ってきた。3色の丸皿を。
 ハギスらしい。
結論から言うと、そのスコットランド鉄道のウェイターには非常に気づかいいただいたことを感謝している。事前の警告、ウィスキーで酔ったのを待ってからの配膳。
 両サイドをマッシュポテトで囲まれたハギスを突いてみる。ひき肉の塊がボロッと崩れてくる。それを掬って一口。うん、不思議と体験したことのある味。とてもスパイスの効いた、ドロッとしてひき肉交じりの何か。そう、カレー味のカップ麺を食べた後、そこにたまっているやつの味。
 静止を振り切って注文した手前、怖気づいてはいけない、残してはいけない。両翼のマッシュドポテトを助攻に頼みつつ、黙々と「カップ麺の底にたまったダマみたいなやつ」を口に運ぶ。ふと、口を癒そうとウィスキーを流し込んで気づく。ウィスキーと一緒にする分には悪くない
 僕の、最初の、そして今のところ最後のハギス体験は、マッシュドポテトに加えて、グレンフィディックの加勢を受けて、完食で終えることが出来た。皿を下げに来たウェイターがにっこりしていたのを覚えている。
 なお、後日調べたところによれば、”本場のハギス”は、胃袋に包んだ状態で出されるところ、写真の”食堂車のハギス”は食べやすいよう、中身だけ取り出した略式の可能性がある。



●とき
 2012年9月11日
●ところ
 エジンバラウェイバリー駅発ロンドンユーストン駅行、寝台特急「カレドニアン・スリーパー」車中 
●もの
 ハギス

コメント