カフェ「ドゥ・マゴ」(フランス/パリ)

 谷のBunkamuraにも同名の提携店はあるけれども、やっぱり本物に触れてみたかった。サルトルもボーボワールも高校倫理で名前を聞いたっきり、ピカソも藤田嗣治もよくわからない。ただ、大学の一般教養課程で、パリというところは、喫茶店で文化が生まれるという文脈で、東洋風の人形2つ―ドゥ・マゴ―を飾った喫茶店があって、哲学者やら芸術家やらのたまり場になったかと思えば、しまいには文学賞までやり始めたカフェがあるらしい、というので「コーヒーを飲んでだべる」ところから、いつの間にか文化遺産になっているのが可笑しかった。
 そのドゥ・マゴに行く。場所は、パリ・サンジェルマン。JTの経営しているパン屋の名前と、やっぱり倫理かフランス語の教科書あたりでしか聞いたことがない。そんな粗野さと、お上りさん感をむき出しにして、メトロをサンジェルマン・デ・プレで降りる。階段を上ると通りの向かいに、Bunkamuraのそれと同じ、白と緑のロゴでそろえたテントが並んでいる。
 早速、適当に空いている席に座って、ギャルソンに注文をお願いする。
 「トースト一つ下さい。それから、赤のグラスワイン一つ、それからカフェ・オレ一つ」
 せっかくの機会、欲張りセットを、知ってる単語とシルブプレの羅列でごり押してみる。そこはギャルソンもプロフェッショナル。ウィ、ムシューと表情一つ変えずに受け付ける。心底感謝した。
 店内は、買い物客と僕のような観光客らしい姿がほとんどで、有楽町の交通会館当たりの喫茶店に来たかのような錯覚を覚える。みな、おしゃべりに夢中なのは、どこの喫茶店も同じだ。
 そう思いながら、欲張りセットをいただく。焦げかけの瞬間に過熱を止めたであろう、チーズトーストは、チーズの塩気と、パンの甘さ、そして各々の香ばしさが交じって美味しかった。発酵した乳脂肪をメイラード反応させて、炭水化物の上に乗せるのだから、旨いに決まっているけれども、唸り声が出た。
 「どこから来たの?日本人?」
  その唸りに反応したのか、英語で話しかけられた。声の主は隣の席のアラブ人の初老の男性で、若い女性と一緒に座っている。
 そうだ、と答えると、先方はクウェートから来たと帰ってくる。ありきたりだけれども、フライト時間が何時間だったか、何日滞在するのか、と旅行者同士の会話が始まる。聞けば、貿易会社をやっている男性の商用旅行に便乗して、娘さんもついてきたらしい。
 日本にも古タイヤの買い付けで来たことがあるという。
 「ヨコハマ、トーヨー、ブリヂストン」ニッコリ笑う。
 古タイヤをどこで買い付けたか、どこで買ったらよさそうかと会話しながら、ドゥ・マゴの雰囲気を楽しんだ。文学論も芸術論もないけれども、図らずも、コーヒーを飲みながら、会話が弾んで、何かが生まれそうな偶然性を体感した。



●とき
 2011年9月3日
●ところ
 パリ、サンジェルマン大通り(大まかな住所は末尾参照)



●アクセス
 メトロ駅出てすぐ、交通至便
●こと
 カフェ「ドゥ・マゴ」本店でタイヤ談義に花が咲いたこと

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