独立記念日の夕暮れ(マルタ/メリッハ)

 えらいところに来てしまった。マルタについて初日、ホテルにチェックインした段になって、そう思った。ホテルは、マルタ島の最西端に近い場所に立っていた。目論みどおり、チルケッワのフェリーターミナルが至近の島めぐりに便利な立地。さらに、マルファ湾とパラダイス湾、二つの風光明媚な砂浜に挟まれている。
 ただ、誤算だったのは、ホテルの周りに何もないこと。正確に言えば、浄水場と、バス停と、フェリーターミナル。この二つを除くと、周りには砂浜と荒地しかない。ホテルの中にはレストランと売店があるけれども、男一人、入っていくのは気が進まない。そもそも、マルタに男一人ということ自体、無理があったかもしれない。
 何はともあれ、すきっ腹でしょうがない。空腹に気づいて気持ちを取り直す。マルタ時間は18時を少し過ぎたくらいで、まだ日も高い。不幸中の幸い、というやつか、フェリーに接続するバスが遅くまで走っているので、帰路の交通手段は心配ない。鉄道のないこの国で、バスのダイヤがあるかどうか、というのは生命線だ。
 グーグルマップを眺めてみる。ホテルから一番近い人家の集まりを探してみると、5キロ先にグジラという村がある。そこから峠を登ると比較的大きなメリッハという町があった。空港からホテルに来るまで、車窓で見た感じ、グジラの村は人家こそ少ないけれども別荘街らしく、パブが数件点在していそうだ。酒と食事のめどが立つと、途端に元気が湧いてきた。
 東に向かうバスは、ゴゾ島やコミノ島帰りのフェリー客を満載していた。5キロもない道だけれども、荒地の中を飛ばし始める。グジラの村に差し掛かったので、停車ボタンを押したけれども、一行にスピードを落とす気配はない。そのまま、村を通り過ぎようとしている。
 「停めてくれ、頼む」と大声で運転席に怒鳴る。
 すると、運転士氏が脇の電光表示を見て、やっと停止ボタンに気づいたらしい。フェリー客のほとんどはヴァレッタかスリーマに滞在しているだろうから、普段、このあたりで客を下ろすことはないのかもしれない。運転士氏が少し驚いた顔つきで頷くと、バスは速度を落とし始めた。
 停まったのは、目的地から2つ先のバス停だった。止めてくれ、と怒鳴った手前、降りないのも気が引けるし、他の乗客からの目線も無視できない。形ばかりのサンキューを告げて、降車する。
 これまたどえらいところで降りてしまった。そう気づいたのは、バスが出てしまってからだった。バス停2つ、通過した結果、メリッハとグジラのちょうど中間地点、峠の中腹で降ろされたらしかった。石垣で囲まれたヘアピンカーブの周りは畑しかない。
ふと、鐘の音が聞こえて来たので視線を峠の先にやってみる。電飾で飾った教会があった。中でミサでもやっていて、その様子を流しているのか、拡声器特有の音質で、女性の声―ラテン語か、マルタ語かはわからないけれども英語ではなさそうだ―が響いてきて、その合間合間に鐘が鳴っている。
 黄昏の中、荘厳なミサの音色と、田舎の駅のように電飾された教会のギャップが可笑しくて、なんだか笑ってしまう。ただ、遠くに見えるマルタの国旗から、ああ、そうか、今日はマルタの独立記念日だ、と空港に掲示してあったのを思い出す。教会の電飾は、おそらくお祭りか祝賀の飾りであって、紅白幕のような至って真面目な性質のものだと気づいた。そして、祝日の夕方、早く仕事を切り上げたかっただろうバスの運転手を許すことにした。
 それにしても腹が減った。峠を下って、村で最初に見かけた店に入ろうと決めた。



●とき
 ‎2016‎年‎9‎月‎21日
●ところ
 メリッハ、マルファ街道のヘアピンカーブのあたり(大まかな住所については末尾参照)


●アクセス
 たしかに、このヘアピンカーブから見る教会は荘厳だけれども、車窓越しで十分かもしれない
●もの
 メリッハ教区教会

コメント