ベルシー駅の落書き(フランス/パリ)

 その旅も最後の行程に差し掛かろうとしていた。ローマからミュンヘン、ベルリン、ブレーメン、パリと夜行列車で巡ってきて、またローマに戻る。長距離列車に乗るのはこれが最後で、手元のレイルパスも残り2日分を残すだけだった。
 まだ、最後にローマが残っている、と胸を高鳴らせるべきか、反時計回りの旅も残り四半周分と名残惜しむべきかとらえどころのないまま、ベルシー駅にやってきた。ここから、ローマ行きの夜行列車、アルテシアナイトに乗る予定だ。
 豪奢なリヨン駅や北駅と違って、ベルシー駅はひなびた駅だった。2階建ての駅舎に入ると、すぐ目の前がホームになっていて、まるで操車場に申し訳程度に屋根と若干の売店を付けた、そんな印象を受けた。ベンチの大半は埋め尽くされていて、僕と同じように、イタリア方面への夜行列車を待っているであろう、旅行者たちが荷物を抱えながら、暇そうに発着案内板を眺めている。
 さて、これからどうしよう、と迷う。パリ市内まで戻るには時間が足らないし、荷物を抱えて地下鉄にのるのは気が張ってしょうがない。外に出てみると、都合よく灰皿が立っていた。夜行列車の途中でたばこを吸うとしたら、どこかホームに喫煙所のある駅で運転停車か、長期停車する機会を見つけるしかない。入線時間まで灰皿の前で過ごすことにした。
 一服しながら、駅を眺めてみる。お世辞にも、花の都の玄関口にふさわしいとは言えない、その駅舎は、どこか懐かしい気持ちすら抱かせる。日本海側の地方駅といわれても信じてしまいそうだ。ふと、駅舎の端を見ると、黒い通用口に赤い蛍光色が浮いているのが見えた。
 スーツケースを手にした女性が、ドアノブに手をかけて、旅立とうとしている。夕日が差し込んで、いっそう蛍光色が鮮やかに映えている。そうか、僕もまだ旅の途中だった。落書きの中で、夕日のパリを旅立つ女性の背中をみて、思い出した。
 それからもう一つ。腐っても、ここはパリだということを思い知らされた。



●とき
 2011年9月4日
●ところ
 パリ、ベルシー駅の通用口


●アクセス
 少なくとも、アルテシアナイトについては廃止となったため、次に行く機会があるかはわからない。また、落書きという性質上、10年以上経った今も残っているかは定かではない。
●もの
 今のところ、落書きとしては一番好きな作品

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