赤レンガ街(ベルギー/ブルージュ)

 ルージュの駅前は、緑地が延々と続いていた。日本ではおおよそ考えのつかない土地の使い方に驚きつつ、さて、原っぱの向こう側に行くべきか、林を通るべきか、市街への道なりを考えあぐねていた。
 「助けようか?」
 後ろから唐突に、軽い声が聞こえたので振り返る。声の主は、坊主頭の若い男で、気まずそうな顔をしている。どうやら、声をかけられたのは僕ではなくて、隣を歩いていたリュックサックを背負った女性の方だったようだ。彼女も、やはり道に悩んだらしくパンフレットを手に持って、男の方を振り返っている。
 「案内しようか?」
 男は、彼女の方を向いて、二の句を継いだ。
 「ノーサンキュー、地図は持っているわ」と彼女はつれなく答える。
 「観光するなら、左手、芝生の向こうにコンサートホールが見えるから、それを超えて右手だ」坊主頭はそう言い残して、仏頂面で駅の中に消えていった。
 「あなた”も”旅行者?」女性が僕の方に向き直って訪ねて来た。
 「もちろん」
 旅行ガイドを片手に持ったいかにもお上りさん、という風体の僕が否定するまでもなく答えると、街まで一生に同行しないか、と誘ってきたので「ぜひ」と答える。正直に言うと、「もちろん」も「ぜひ」も、「イエス、オフコース」と繰り返しただけだ。ニュアンスは通じたらしく、同行が決まった。
 駅前の緑地を進みながら、他愛のない話を交わす。彼女の名前は、アンドレアといって、アルゼンチンからやってきたらしい。聖サルヴァトール聖堂を探していたところらしく、ちょうど、マルクト広場に向かおうとしていた僕と、方角は一緒だった。
 「ここで幹線道路を渡って右折するようね」コンサートホールを通り過ぎたあたりで、アンドレアが地図を見せてくる。どうやら、さっきの坊主頭は存外に親切で、正直に道案内してくれたようだ
緑地が終わって、街並みに入る。通りの両側は赤レンガが続いている。旅行者同士が初対面で交わしがちな、何日の旅程だ、飛行時間は何時間だったと月並みな会話をしていると、赤レンガの通りの向こう側から、男―今度のは毛が生え盛っている―が手を振っている。アンドレアが振り返した。
 曰く、彼女の兄がブルージュに住んでいて、駅で待ち合わせていたのを、待ちぼうけて、迎えを待たずに聖堂裏の広場で落ち合うことにしたらしい。ナンパ除けか、はたまた待ちぼうけの挙句の暇つぶしか、純粋な親切心か。アンドレアに同行のお礼を告げて、こちらをうかがっている兄君に会釈して、その場を離れる。
 先刻の坊主頭ほどではないけれども、少し残念な気持ちでいる僕に気づいた。駅から15分足らずの間だったけれども、何か期待が芽生え始めていたのかもしれない。
 少し首をかしげて、苦笑いしながら、マルクト広場に向かう。この後、マルクト広場から運河まで、赤レンガとはまた違う、美しい街並みを目にするのだけれども、それはまた別の機会に書くことにしたい。



●とき
 2013年9月16日
●ところ
 ブルージュ、コルテ・フルダース通り

●アクセス
 坊主頭氏の案内のとおり、緑地を超えてコンサートホールのあたりで右折する。緑地から市街に至る道は並べて赤レンガが続いていたと思う。
●もの
 赤レンガの街並み

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